「おや、坊ちゃんですか。久しぶりですね。どうですか調子は」
『ん、まぁ…』
ここのホテルマンとはなんとなく父母が顔見知りで、旅行の度に手土産を渡したりしていたようだ。
そのついでにオレも覚えられている。
調子はと言われてもブラッククロスの追跡については全然捗っていないので、なんとも返しようがない。
「お泊りですよね。家があんなことになってるのでお代は要りませんよ。
しかし、ペットのご同伴はルール上、どうしても禁止になっていますので、そちらはどこかに
預けてきていただけませんか?」
『え?あ』
「キュキュー」
抱いている生き物を見下ろした。
そうか、こいつが一緒だとダメなのか。どうすっかな。
「ミューー」
どっかに放したらいなくなっちまいそうだし、また変な奴に捕まったら困るしな。
そういえばこいつ、戦闘中に変身したことなかったっけ?
変身というか、吸収だ。何でも吸えるのかな?
「キュー…」
『わかった、なんとかしてからまた来るよ』
「申し訳ありませんね、お待ちしております」
「キュゥゥ…」
人の言葉はわかるのかな?
どっかに放されるとでも思ったのか、鳴き声に元気がなくなってしまった。
宿の外に出て、済王の古墳のある北へ向かう。
古墳入り口の前の小高い丘からは、ちょうどオレンジ色に済んだ夕焼けの空が見えていた。
その下にジャングルのように生い茂る緑と、水面の光る小川がある。少し冷えた風が、ひゅうと頬を掠めていく。
この丘にはちっちゃい頃、ピクニックに来たような記憶がある。……今はオレも藍子も
そんな年齢じゃないけど、またちゃんと4人で出掛けたかったな。
胸の奥から重苦しいものが込み上げるのを感じ、オレは慌てて生き物を抱き直した。
『ここの風景さ、いいだろ?』
「キュウーー、キュウウーー」
生き物は腕の中でじたばたして、何かを嫌がっているようだ。
『どーしたよ、捨てるわけじゃないんだ、一緒に来てくれ』
オレはようやく古墳に入った。これ以上日が暮れると洞窟の中が見えなくなりそうだ、手短に済ませよう。
妖精系モンスター、スライムのようなモンスターなどを無視し、ようやく目的のものを見つけた。
『あれだ』
ソード型をしたモンスターを指さした。
『あの形を吸収できるか?』
「キュウー」
生き物はオレの言うことを理解したようで、素直に吸収を済ませた。自立ができなくなり、カラン、と地面に落ちた。
オレはまず攻撃力の低いブロードソードをポイとそのへんに投げ捨ててから、生き物が変身したほうのソードを拾い上げ、余った剣鞘の中に入れた。
さっき天叢雲剣を手に入れたから、おそらく不便はしないだろう。
『ちょっと狭いかな。少しの間ガマンしてくれ』
「……」
『変身したから鳴き声も出なくなっちまったか』
オレは無機物に変身させた生き物を連れ、宿に戻った。
『おまたせ、いいぞ』
宿の部屋を無事確保した。
ソード型の生き物を取り出すと、ベッドの上をぼふぼふと叩き、『キューキュー』と鳴き真似した。
ソードはチラチラと光り出し、一度融解してから、元の生き物の姿に戻った。
そうそう、よくわかったな。出るときに怒られるかもしれないが、まぁそれはいいや。
『なぁお前さ、どっから来たんだ?』
「キュー」
『…まぁ、わからないな』
頭を掻いた。連れまわすのはいいが、どこへ連れて行けばいいのかはわからない。それに宿に入る度にこんな調子になるのか。ならずっとソードのままにしてやればよかったか。
それも窮屈だろうな。
『そのうちなんとかなるか?』
「キュキュー」
シュライクのパン屋で買ったバケットを晩飯代わりに広げ、1/3ぐらいをくれてやった。
シャワー室に連れていくのは結局迷って、ひとりで入った。ペットが禁止なのに謎の毛が落ちたり
してたらダメだろう。
シャワー室から出ると、生き物はベッドの上で所在なさげにちんまりとしていた。
ポン、とそいつの頭を触ってからオレは布団を被った。
実際に書いたのは05/20ですが、「ストーリー順」を意識するため公開日は16日に詐称しています。
なので一応5件目に書いたものです。アニー編の続きがままならないのに、何かは書きたかった。
本当はもっとコットンにベタベタさせたかったんすが、こやつが19歳の男であることを意識して
だいぶ堪えました。悔しい!)
ただこの話も、「ヒューズと会うときのネタ」になりそうなので結構ホクホクしております。
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